大久保町の決闘

大久保町の決闘:早川文庫JA

久しぶりに読んだ。三年ぶりくらいだろうか。大好きな本である。大好きな本なのにしばらく読んでないとはこれ如何にという感はあるが、細かいことは気にしてはいけない。
大久保町の決闘」(AA)は、田中哲弥(公式ページ Tetsuya Tanaka's Page)の大久保町三部作の第一巻である。三部作といっても舞台と登場人物のうちの何人かが共通しているというだけで、個々の作品相互に密接な関連はない。もともとは電撃文庫から出ていたものだが、長らく絶版状態となっていた。それが昨年、電撃から出された(事実上)最後の文庫本である「やみなべの陰謀」(AA)が早川書房から復刊され、約一年後の先月、著者のデビュー作であった本作がめでたく復刊されたというわけである。いやー、めでたい。
しかし大久保町である。初めて読んだのは中学生の時だった。ソードワールドのリプレイなんかととっかえひっかえ読んで、大笑いしていた記憶がある。とこのように、大久保町の話になると、ついつい昔話になってしまう。
内容の話をしよう。
かいつまんで説明すると、開拓時代の名残を色濃く残したガンマンの街である大久保町へ、受験勉強に集中するために主人公がやってくる。そこで脚がキレイで可愛い女の子と知り合って鼻の下を伸ばしているうちに、町の嫌われ者と保安官事務所の争いに巻きこまれ、嫌われ者たちをやっつけるという話である。
なんじゃそりゃ。そう思うだろうが、念のため確かめてみても大筋では間違っていない。
話の筋を描いてしまうとすごく単純だが、注目すべきは著者の筆力なので問題ない*1。細かく繰り出されるギャグも、余韻を残す描写も、とてもいい。とにかく嘘がない。リアルだ、という意味ではないけれど、嘘がない。登場人物たちの心の動き一つ一つや、叙情的な情景描写。それらがいちいち、「ああ」という感覚で腑に落ちるし想像される。
「ベタ」という言い方もできるだろうけど、読ませる力がないということではない。むしろ、著者に身を任せることができる安心感があるという感じだ。
主人公は特殊な能力を持っていて、それは物語を進める上で重要なポイントではあるけれど、その一点のみにすがって無敵の大活躍をしてみせるわけではない。逆にビビってへっぴり腰になるし、泥と汗にまみれて、いろいろな人に助けて貰って物語は大団円を迎える。これが気持ちいい。
ぜひ一読いただきたい、気持ちの良い小説だ。

ちなみに早川版では、書き下ろしの短編も収録されている。「やみなべの陰謀」を読んだ人には「うん?」と思わせる話だが、荒唐無稽っぷりといい、さわやかな読後感といい、独立して読んでも十分楽しめる話だと思う。


最後に、この記事とそれに関するコメントについて思うところをひとつ。
田中哲弥が電撃から早川に移籍した*2事が話題の中心のようだけど、最近では「小説すばる 2007年 02月号」(AA)に寄稿していて、*3ぼくからすると「ずいぶん遠いところでも書いているなあ」と思うのだけれど、コメントの流れはずっとボーダーっぽい早川に関連したもので、「あれ?」と思った。
このエントリで安眠練炭氏が意図したものは、

たぶん「越境作家」の越境先は、非ラノベ・非ジャンル小説媒体に限られるのでしょう。

というコメントに現れているんだと思うし、*4コメントを付けた皆さんもそれを感じたからその方向で話をしているのだろうけれど、ぼくの感じ方とは違っていて、面白いなあという話。*5

*1:ぼくはあまり文学系の本を読まないので、そういう方面の作家とくらべるとどうか、とかはよく分からない

*2:この言い方はちょっと微妙かもしれない

*3:多分、奇想アンソロジーからの流れだろう。

*4:この視点に従う限り田中哲弥は今のところ確かに「越境作家」ではない。

*5:けっこう挑発的なエントリだと思うので、ほとぼりが冷めたころにトラックバックを送ってみるという小心者戦術。